初雪20090223



霜がおりたように、寒々しく、真っ白に曇った空から、
とうとう、はらはらと白いかけらが舞い降り始めた。


「雪」

敦盛の背中を、ぼんやりと見つめて、
ぽつりと言う。敦盛は少しも動かないまま。

「なぁ、雪だ」

どうだって、いい事なんだけれど。

何となく引くのが嫌で、反応を得るまで続けてやろうか、と、
もう一度呼びかけて、みつめた。

美しく整ったうなじが、見るからに寒々しくて、
儚い印象をうけて、綺麗にみえる。

「珍しいのか?」

振返った顔に、ほんのりと笑みが浮かぶ。
ほっと心が緩んで、どこか不安を抱いていたのだと、今になって解った。

ばかみたいだ。

「別に、珍しいわけじゃないけど」

喜んだ思いを少し隠す、せっかく涼しく調整した笑顔も、
再び後ろをむいた敦盛を前に、無意味になる。

「昔は、珍しがっていたな」
敦盛の静かな声が、しんしんと雪の降る中響いた。

最近になって、昔の話をする敦盛が、優しくなった。
大切そうに、忘れないように、安らいだ声で、
ゆっくりと、俺との思い出を紡ぐ敦盛は幸せそうで、
とても、とても穏やか。なのに。


なのに、それがとても怖い。


両腕を敦盛の肩に回して抱きしめる、驚いたように揺れた体を、
腕の中に押し込めるように、強く力をこめた。

「ヒノエ!」

目の前のうなじに唇で触れると、さすがに敦盛が鋭い声で俺を呼ぶ。

「な、なにをしている」
「何って、別になにも」
「してるだろう」

腕から逃げ出して、うなじを押さえながら敦盛が俺を睨んで、
でも、すぐにその顔は、真顔に戻って、こちらを真っ直ぐ見つめた。

「ヒノエ?」
「なに?」
「・・・いや」

自信を失ったように俯いた敦盛に、首をかしげた。

「気のせいだったようだ」
「なにが?気になるじゃん」
「悲しそうに見えて・・」

小さく微笑んで敦盛が顔を上げる。
必死に動揺を隠して表情をひきしめた、刺し込みのような痛みを胸に感じた。

「大丈夫なら、いいんだ」

目の前で穏やかに言う敦盛の腕を引いて、再び腕の中に収める。
さっきより強く、強く、手加減しないくらいの勢いで、
華奢な体を抱きしめた。どんなに強くしがみついても、
この不安感が消えることはないのかもしれないけど。

「ヒノ・・」
「大丈夫じゃない」

情けない、弱々しい、気づかないふりで、
心の奥におしやって過ごしていた、格好の悪い感情が、
俺の声をすっかり見っとも無く弱らせて、揺らす。

腕のなかは暖かくて、俺の背中をそうっと撫ぜる敦盛は、
確かにここに居る。居るのに。

「って、言ったら」

思ったよりうまくでた笑い声、敦盛の顔を覗いて、
にやりと笑った。

「慰めてくれるかい」

敦盛の唇に、人差し指で触れて、見つめた。
予想していた、顔を赤くする仕草も怒る仕草も、敦盛はしなかった。

真顔で、しばらくみつめられて、息が詰まった。
やがて、敦盛が細めた目が少し悲しげで、とても優しかった。

抱きしめられた強さは緩やかすぎて、暖かな空気に包まれたよう。

「バカ、冗談だよ」

敦盛は何も言わずに、ただ俺を抱いたまま、優しく頭を撫ぜた。


「敦盛」


口にすれば、想いが益々大きくなって、持て余す。
もう一度、名を呼んだら震えた声。
敦盛に何か言われるのが怖くて、もう一度思い切り抱きしめた。


妙に優しくするの、やめろよ、なんか消えそうで怖い。

口には出さずに目を瞑ったら、心地よい暖かさだけが、残った。



寒いの苦手だけど、雪降ると割と珍しいのでテンション上がります。



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