うそつき20090504



「そんなに、要らないなら」


不意に言ったヒノエは、笑っていたけれど。
目は、真剣さに険しさが混じった色。


「俺が貰っとこうかな」


ほんとうに、ヒノエは、いつも、突拍子も無いことばかり言う。
いつも、私に都合が良いことばかり言っては、笑って。


黙ったままの私に伸びてきた手に、引寄せられて、
ちょうどヒノエの耳元がすぐ傍に見えた。私はすこし、顎を上げて、

「君は、嘘つきだ」

囁いてやる、ヒノエをとりまく空気が、ぴたりと止まる。


「なんで? 嘘じゃないよ」
「そうか」
「ホントだって」
「何も言っていないだろう」

肩をつかまれて、一度腕に収めた私をひきはがして、
じっと正面から見つめてきた目は、険しい空気が剥き出しだった。

「ホントだよ?」

不穏な空気に満ちた様子に似合わない、穏やかな口調にすこし笑えた。
ぎりりと音が聞こえそうに歯を噛み締めて、いっそう、ヒノエは視線を強めた。

怒りの裏に見えた自分を想う気持ちが嬉しいのに、それと同じくらいに、

胸が痛い。


「ありがとう、でも」

敬意をこめるように、ヒノエの顔を、真っ直ぐに見つめた。

「ヒノエ、手を離してくれ」

わざと私の言葉に反するようにだきしめられて、
その強さに息が詰まった。


「ヒノエ」
「自分がどうなろうが、構やしないんだろ」

挑発的な口調とはうらはら。私の背を撫ぜる手は優しくて、妙だ。
妙な気分になる。

「じゃあ、俺にくれよ」
「君らしくないな」
「なにが?」

覗き込むヒノエの目。掴み所無く、軽く見えて、、
芯はしっかり通った強さがあって。

「君なら解るだろう」
「何言ってんだよ」

その目にふざけた色は、みられなかったけれど。


「今、私に手を差し伸べたところで、この先に救いなど」


ヒノエが息をつめるのが解った。
構わず、あるはずがないと、そう続けようとしたけれど、
まるで噛み付くような接吻に、その声は、唸り声になってきえる。

熱っぽくて、瑞々しい、生き生きした唇の感触は彼らしい。
瞑ったヒノエの目は、ぎゅっと強くて穏やかではなかった。
不思議なくらいに少しも嫌ではなかったけれど、
真下に置いたままだった腕を上げて、ヒノエの体を引き剥がす。

離れた顔に、色濃い怒りの表情。
その顔に私は、どういう顔をむければいいか、解らずに、
そっと、目をふせて笑った。

ヒノエもそんな私に、食い下がるように、不穏に笑う。

「ここで手放す訳にはいかないね」
「・・・ヒノエ」
「さあ、どうすりゃ解るかな、頭の固いお前に」

私の頬をふわりと、ヒノエが撫ぜる。その指は暖かくて、
冷えて土人形のような、私の皮膚には熱いくらいだ。


「同情じゃないって」

ヒノエの手の温度が、胸にも暖かく、しみ込む。
手ごたえの無い幸福感に、少し甘えたくなって、
されるがままにその感触をうけとめた。

「なぁ、敦盛」

ふと弱々しく、甘えるような声色に、ヒノエを見つめる。
計算されたものなのか、自然に出たものなのか。

「そうだな、では」

私の言葉に、目を強めたヒノエは、
何もかもを逃がさないように見据えるような迫力があった。

「私が、もらってもいいだろうか」
「うん、何を?」
「君を」

ヒノエの顔が、冷たく凍りついて、強張った。
面白いくらいに予想通りの反応に、思わず笑う。


「冗談だ」
「うん、いいよ」


返ってきたヒノエの声は、さっきまでより随分小さく思えた。

いつも、目をあわせる事を、武器のように使ってくるヒノエなのに、
今の彼は、すぐに私の肩に頭をのせてしまう、表情が見えない。

解っていた反応だけれど、やはり少し、胸に影がさす。

君が抱える、大切なものたち。それだけを見ていればいいものを。
私などに、足をとらわれているような時間は、ヒノエには無い筈。


君は嘘つきだ。


確信を帯びた今の方が、何故だか声に出来なかった。
胸に抱く寂しさがじわじわと、私に寄り添うヒノエへの苛立ちに変わる。

見当違いだと、わかっているけれど、君が悪い。
おかしな事をヒノエが言わなければ、そっとしておいてくれたなら、

願いなど生まれなかったのに。

ヒノエの肩をいささか強く掴んだ。離されると思ったか、
私の腕を掴み返して、こちらを睨むヒノエを、思わず睨み返す。

思い切り強く、かたく結ばれたヒノエの唇に口付けた。

泣きたいくらいに膨れ上がる、あってはいけない胸の憤りを、
すべて注ぎ込むかのように、乱暴なほどに強く。


私も、嘘つきだ。
本気でもらいたい気など、さらさら無い顔をして、心のどこかで、

君が欲しいと思っている。


一瞬驚いて、手を離したヒノエが、私の背を、頭をかき抱いた。

すべてを振り切るようなヒノエの戸惑った空気に、また、胸が痛んだ。




ヒノエはもっとかっこいいはずなのですが・・・



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