五歩分の距離 20081104



ただ、欲しいと思った。それだけで十分だった。

理由も、状況も、これがどういった類の感情なのかさえ、俺にとっては、


「どうだっていいじゃん」


切れ長の綺麗な形をした目を大きくひらいた後、
少し伏せて、どうでだって良くはないだろう、と、
呆れた声色で言った敦盛は、ため息をついて、

「相変わらずだな」

遠く。

とんでもなく遠くをぼんやり見ているような目で、
窓から地平線を見る敦盛の横顔。

「君は、周りがどう言おうと、自分が選んだ事しか信じない」
「そんなの、お前だってそうだろ?」

好きなものを選んでいるかは別だけど。
胸に留めて横顔を見る。視線を突き刺すような気で。

敦盛を見つめる。

「なぁ」


あと五歩も足を進めたら、敦盛と俺の隙間は無くなる。
念力でも使うような気分で、念じる。心でだけじゃ耐えられなくて、口に出す。

「こっちこいよ」
「君が来ればいいだろう」

思わぬ返答に少し驚いた。まるで、身をひそめるように敦盛は、
少しも動かず、横顔のまま。


「なに? 行っていいの?」
「来るなと行っても」

ふとこちらに顔をむけた、敦盛の目は、静かなのに、
妙に強くて、体に熱を感じた。

「君は来るのだろう?」

笑ったのか、怒ったのか、判別がつかない。

すこし目を細めた敦盛は涼しげなのに、まるで、
誘うように熱っぽくて無防備で、きっと、


無意識だから性質がわるい。


歩数を数える間もなくあっという間に、俺と敦盛の距離は0になる。

ぶつけるように、薄目のまま口付けた敦盛の唇は、少し冷たい。
目を見開いて強張った敦盛に、髪を掴まれて、
軽い痛みと共に、後ろに引き離される。

「きみは・・・やる事が唐突すぎる」

驚きを残した声を聞き流して抱きしめた敦盛の肩越しに、海が見えた。
地平線に近づいて少し勢いを無くした太陽を、きらきらと水面に映して、
無数の光の粒が、波と一緒に揺れていた。

「見てみろよ、海、キレイ」

見慣れた海に、ありきたりな飾り気のない言葉をかける。

「君に掴まれて見えない、手を離してくれ」
「嫌だね」

言ってすぐ、再び唇を押し付ける。今度はもっと深く。
唇とは裏腹に、舌に感じた温度は、熱い。

腕を強めに掴んだ敦盛の手が、拒絶なのか肯定なのか、
よく解らない。どちらでも構わず、敦盛の髪を乱暴になぜる、
結い上げた髪が指に絡まって、滑り抜けてさらりと落ちた。

逃げ腰だった敦盛から、諦めたように、ふと、力が抜ける。
少し唇を離して、息がかかるくらい近くで笑って、

小さな声で言った俺の短い言葉に、敦盛は、眉間にしわをよせた。

「ありえない反応するね」
「どこまで本気か解らない」
「本気だよ、俺は」

お前が好きなんだから仕方ない、もうどうだって良かった。
これが愛じゃないと言うならそれでもいい。


抱きしめた感触が、心地よくて眩暈がしそうだ。


帰る