勝てないゲーム20090506



「敦盛」

甘えるとも、誘うともちがうけれど、
いやにねだるようなヒノエの声に、敦盛は顔を上げると、
警戒するような表情をみせた。

「なんだ」
「暇なんだろ? げーむしようぜ」

神子の世界から帰ってから、ヒノエの口からは度々珍しい響きが飛び出す。
げーむの意味ならば、敦盛の記憶にも残っていた。

読んでいた手元の書物を、示すように、ちらりと見やって、
敦盛は再びヒノエの笑顔を見る。変わらず強引な強さを含む表情に、
少し困ったように、少し機嫌をそこねたように、敦盛は顔を曇らせた。

「暇そうに見えるのか?」
「見えるよ」

嫌だと言えば、そうしつこくは誘って来ない、ヒノエの性分は解っていたけれど、
何故だかいつも、その空気に飲まれてしまう。ふぅっと、息をついて、
敦盛は書物を軽く片付けた。

「なにをするんだ」
「ほら、これ」

得意げにヒノエが見せたのは、掌に乗る位の大きさの縦長の紙の束。

「これは・・」
「そ、とらんぷ」
「あちらの世界から持ち出したのか?」
「違うよ、こっちで作らせた」

そんなことはどうでもいいと、言わんばかりに、
ヒノエはこなれた手つきでその紙の束を混ぜた。敦盛はそれについ見入る。
あちらの世界で、初めてこの玩具を見た時には、将臣殿の札を混ぜる手つきに、
自分と一緒に関心していたはずのヒノエが・・相変わらず、学習が早い。

「ばばぬきでもする? お前、覚えてる?」
「・・ああ、それなら」

記憶を手繰って、敦盛はばばぬきの手順を思い浮かべる。単純なものだった。
こくんと頷いて、解ると答えると、じゃ、決まり、と、
ヒノエは紙を配り始める。

「あ、しかし、ヒノエ」
「なに」
「ばばぬきを、二人でやっては、相手の手が解ってしまうだろう」
「そうだね、お前、解ってんじゃん」

何の問題も無いような様子で、配る手を休めないヒノエを、
敦盛は不審な目でみつめた。

「それでは、つまらないのではないのか?」
「そうでもないよ、運が大きく関わるからね」

それ以上何も言わず、敦盛は、自分の前に積まれてゆく紙をみつめて、
そっと、揃えた。

「じゃ、バツゲームでも作る?その方が盛り上がるだろ?」

顔をあげて、一瞬、聞き覚えのあるばつげーむの意味を敦盛は考えた。
向こうに居た時にもした事がある、たしか、夕飯の片付けを一人でやるというものだったが。

「いや・・・いい」
「なんで、ノリ悪いな」
「君の目が、何か企んでいるような色だ」

ヒノエは一瞬驚いて、それを押し隠すように、笑い声をあげた。

「そんなの、いつものことじゃん、気にしすぎだろ」
「そうだろうか」
「ああ、バツゲーム俺が決めるぜ?」

少々、乗り気ではない顔で、それでも、
君に任せるとため息混じりに言った敦盛に、ヒノエはにやりと笑って、

「じゃあ、負けた方が、勝った方にキスするってのはどうだい?」

敦盛は、きすの意味を記憶のうちに捜した。
どうも、その言葉は、聞き覚えがあるようで、意味の記憶はない。

「きすとはなんだ」
「あ、知らねぇの?・・しかたないな」

いかにもめんどくさそうに、ヒノエがため息をついてから、笑った。

「じゃあ、俺が見本に、一回やってやるよ」
「ああ、すまないが、頼む」

配り終えた札を端に置くと、ヒノエが身を乗り出す。
影がさした敦盛の顔は、近くなったヒノエの顔を、不思議そうに見上げた。

なんだ、目の前で、額を下げて詫びる行為か?
そんな事を思ううち、ヒノエの顔はあっという間に、
敦盛の顔のすぐ傍に寄った。

「・・!? ひ」

のこりの文字を紡ごうとした唇が、ヒノエの暖かい唇でねじふせられる。

すぐに離れたヒノエに、言いたい事がありすぎて、
敦盛はすぐにそれを声にする事ができなかった。

「わかった?」
「い、いきなり何をするんだ!」
「何って・・キスだけど」

当たり前のように言ったヒノエに、敦盛は、再び声を失う。

「どっちから引く?」
「も、もういやだ、やらない」
「ダメ。やるって言ったじゃん。やらなきゃ嘘つきだぜ」
「何が嘘つきだ! 君だって・・!」
「俺が? なに?」

返す言葉を必死に捜して、敦盛は言葉を見失った。
確かに、ヒノエは嘘など、一度もついていない。

「そんなに、キスするの嫌?」
「あたりまえだ」
「するのが嫌なら勝てばいいだけの事だろ」

挑むような言葉に、敦盛は再び黙り込んだ。

「違う?」

余裕のあるヒノエの声に、くやしさや呆れが立ち上がって敦盛の頭の中をぐるぐる回る。
ただ目の前の男を睨みつけて、くばられた紙を握り締めた。

「ほら、お前から引かせてやるから」

譲ってやったような、優しげなヒノエの声に、敦盛はさらに視線をきつくしたものの、
怒るのにも疲れたように、大きくため息をついた。
そうだ、勝てばいい。勝ってこの場を切り抜けるのが、一番腹もすっきりする気がする。

「へぇ、お前、いい目になってきたじゃん」

紙を選ぶ敦盛を見て、楽しそうにヒノエが笑った。
その笑顔を無視して、敦盛は一枚引いた札を、自分の手札と見合わせる。
相手の札が解ったところで、自分の好きな通りに事を運ばせるのは難しい、
なるほど、運の関わりが大きい遊びだ。自分の努力で勝てる遊びではないのではないだろうか。

しかし、負けるわけにはいかなかった、負けてしまえばヒノエの思うツボだ。
勝ちさえすれば、それで・・・


ふと、敦盛は、大きすぎる落とし穴を、自分が見過ごしている事に気づく。


「ヒノエ!!」
「うわ、びっくりした、何だよ」
「冗談じゃない、私はやめる」
「なに? いきなりどーしたの」

手に持った札を、少々荒っぽく畳におくと、
敦盛は立ち上がろうと膝をついた。

「どうしたも何も、どちらが勝っても、その・・することは変わりがないだろう!」
「ああ」

緩やかな動きで足を組んで、ヒノエは敦盛を見上げて、楽しげに笑う。

「さすがに気づいた?」
「き、気づかないわけがないだろう」
「でもダメ。 ほら、はやく座ってよ」

真っ赤な顔で、こちらを睨み続ける敦盛を、ただじっと見つめて、
緩やかな口調で、ヒノエが微笑んだ。


「いやだ」

すぐにその場を、離れたらいいのに。

敦盛は頭でそう思いながらも、見上げる目線の強引さに縛られるように、
動けず、ただヒノエを睨み続ける。


「ダメだよ。ほら、もう」

不意に腕を引かれて、半ば転ぶように、畳に手をつく。
衝撃に一瞬目を瞑って、再び開けた目のすぐ傍に、ヒノエの目があった。


「ゲームは始まってるんだぜ?」


どうかしている。

こんなばかげたげーむに付き合うなんて。思いながら、けれど敦盛は、
目の前で不適に笑うヒノエの目線に、ねじ伏せられるような思いで、
捕まれた腕を振りほどくと、元居た場所に正座をして、


自分の札をにらみつけた。




二人でやるばば抜き、つまんないんだけど、妙に盛り上がりません?
最近ヒノエが受け受けしいので反省して攻めっぽいのを。


帰る