残り熱  2008.0519




目の前を、はらりと横切る翠を、ぼんやりした意識の中美しいと思った。
森の緑よりも淡くて、儚い、透き通るような翠。

「永泉」
「な・・・ぅあっ!」

呼んだ声に答えた声は、強く突き抜けた感覚のせいで、
言葉を失って、ふしだらに乱れて闇に消えた。

「何を考えている」

耳元で囁いた後、耳たぶを噛まれる柔らかな感触と、
自分の中を探るように擦り動く刺激に、背が仰け反る。
問いかけは聞こえても、それを噛み砕く余裕もなく、
ただ、さらに強く泰明殿にしがみついた。

「私を、見ろ」

突然、泰明殿が静まり返ったように動きを止めた。
与えられていた感覚を無くし、熱だけが、体に残ってくすぶる。

「・・見、て・・おります」

浅い呼吸の隙間から答える、先程とは違う理由で、泰明殿の首に回した手を強くした。
ぼやけた理性が咎めるのも聞かずに、先程までの快感を欲しがる体を、
隠しもせずに泰明殿を泣き出しそうな思いで見つめた。

熱っぽく、目を細めて、それでも動かない泰明殿に、
思わず腰が浮いた。にわかに眉を寄せた泰明殿が、
何の前触れも無く私の両腕をつかんで起き上がらせる。

突然動いた周りの景色に目を大きくする間もなく、
下から突き上げられて、上がった声の大きさに、羞恥がこみ上げた。

こんがらがって、全てが混ざって、ひとつに溶けたような意識の中、
呼ぼうとした名は泰明殿の唇でふさがれて、
舌の動きさえも、絡み取られて自由を失った。

喉を振るわせた声は、唸り声になって押し消えてゆく。
それでも、泰明殿の動きに合わせて勝手に突き上げる声が、
息をつまらせて、絡む舌に答えることも儘ならない。

開放された唇から、吐き出すように出た声が、
色んな音と一緒に部屋に響いた。
背を丸めるように泰明殿にすがると、耳元に熱っぽい息遣いを感じた。

「もっと、私を・・」
「んっ・・は、なに・・」

途切れがちな意識を、なんとか繋げて、泰明殿のささやきに、答える。

「私を見ろ」
「み、見て・・あ・・っ!」

繋がった上で、熱くなったものに触れられて、背筋に痺れが走った。
問うては、それの答えを拒むかのように、
強くされる動きに、言葉も意識も、まともに続かない。

かろうじて残った思考のなか、必死に目をあけて、泰明殿を見た。
泰明殿の額に張り付いた、翠の髪が美しく、艶っぽく光る。
髪の隙間から覗く目は、その強引な行動とは裏腹に、
酷く弱々しく私を見つめていて、

ふと意識がはっきりと戻った。

再び、意識を引き離される前に、泰明殿を引寄せて、かき抱いた。
自分の指が、その翠の髪をくしゃりと握り締めるのを、
押し寄せる感覚がはじけて、真っ白になるまで、見つめ続けた。




自分の意識を、しっかりと取り戻した時にはもう既に、
重なり合わせた暖かすぎるほどの温度は、余韻だけを残して消えて、
私はぽつりと一人、薄暗い部屋に取り残されていた。


身を起して、着た覚えの無い衣服を手でなぞる。
泰明殿が床を出る時に着せて下さったのであろう、それは、
始めの頃は恥かしくて仕方がなかったけれど、今では、何ともない。

この行為とて、始めの頃は恐ろしさもあった筈が、今では。

恐怖はあってもそれは、行為に対するものではない。
自分が、到底自分とは思えぬほどに、変わり果てる事が。
得体が知れず怖いとは思うけれど。


それでも全てを諦め、身を委ねる方が、ずっと楽だ。

そんな自分よりもずっと、泰明殿の存在が尊く思えた。
そんな彼が私を必要だというのなら、どうなろうと構わないのだけれど。


先刻の、さなかに見せた泰明殿の表情を不意に思い浮かべる。
苦しんでおられるのだろうか。
それは当然のこと。彼の未熟な心に空いた穴を誤魔化す為に、
いくら私などに、触れたところで、

あの方の真っ直ぐで純粋な目に、私がうつくしく映る筈も無い。


「神子の、代わりなど・・」

ひどく驕り高い、大それた事をしているものだと、
胸のうちで呟いて、かみしめた唇は乾いていた。



隣の、泰明殿が居たと見える場所に掌をあてた。
微かに感じた暖かさは、自分の身から出た熱か。

そこに彼の気配を感じることは、もう出来なかった。




エロの練習。書いたものの恥かしくて読めたものではなく、
だいぶ緩めたのですがそれでもはずい、恥ずい。
題名はどうしてもいいの思いつきませんでした。
	

 
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