暖かさの理由20091021




静寂が、冷たく私の鳩尾の辺りをしめつける。
よく見知った部屋の様子が、余所余所しく私の目に映った。


取り立てるような理由は何もなくて。
なのに何故だか、膨れ上がった怒りを抑えられずに。


私の腕に突き押され、泰明殿は驚いた顔をして立ちすくんだ。


「おやめください」

自分の声が、他所事のように冷たく響いた。


意識を保つため、張り巡らせた糸が、溶けていくのが解る、
ぐらぐらと崩れる思いとはうらはらに、私の声はしっかりとしていた。

腹立たしかった。その矛先は散らばってはっきりしない。
相変わらずぽかんとした泰明殿にか、自分にか、それとも…

「永泉?」
「あなたはいつも、私に触れながらも、いつも」

自分の口から、整わぬままとりとめなくこぼれる言葉が、
見っとも無く思えるのに止まらない。浮かんだ鮮やかな記憶に、手を握りしめた。

以前とは全く違う思いを添えて浮かんだ、あの少女の面影。


「わたくしを一体、誰の代わりになさっているのですか」


意思を飛び越えて勝手に流れる言葉が、背筋を冷やす。

だめだと思う気持ちは、見えない厚い壁の向こうに追いやられたよう、
遠く感じて実体がない。驚いた泰明殿の顔に心が痛いのに。

「私を求めるような顔を、なさらないで下さい」
「永泉・・」
「どうして、どうしてあなたはわたくしを抱くのですか!」


怒鳴った声が自らのものとは信じがたいくらいに鋭く響いた。


黙って、私を見つめる泰明殿を、見つめ返す目がじんわりと熱い。
こぼれて頬を伝った涙を、まるで気づかぬように、無視をした。

自分の憤りも、涙も、自分のものではないかのように、
思考から切り離され、暴れて、扱いようがない。


「永泉」

伸ばされた手から、距離をとって、その優しさを拒む、

手をとめたまま、陰った表情を浮かべた泰明殿に、申し訳なさがこみ上げた。
そっと手を下ろしたその仕草に、痛いくらいに切なくなって、
思わず、自分が拒んだその手に、そうっと触れたけれど、
胸に浮かんだ謝罪の言葉は、何故だか今は声に出来ずに、ただ俯く。

驚いたように止まった手が、まもなく、私の手をゆるく握り返す。


「お前は・・・どうして私に抱かれた?」

落ち着いた泰明殿の声に、なだめるような優しさがにじむ。


「ど、どうして?」

俯いたまま、出した声は先程よりもいささか落ち着いていて、心が静かになる。


「それは、泰明殿が」
「私が求めるからか」

淡々と紡ぐ泰明殿の言葉に、心が落ち着いた分、羞恥がこみあげる。


「では私が要らぬといえば、お前は去るのか」


言葉をなくして、黙り込んだ喉の奥に、痛みを感じた。

落ち着きだしていた涙が、再び突き上げる。
声に出そうと、息を整えた。その答えは、

ただ、胸に痛くて、


「あなたがそう仰るなら、そう致します」


しんと、静まり返った空気が、怖くて、冷たくて、
繋いだ手だけが、優しくて暖かかった。


「何故、泣く」
「な、泣いては、いけませんか」

頭上に響いた声に、顔を上げずに答える。

「いけないとは言っていない、何故かと聞いて」
「悲しいからです、 悲しいと思ってはいけませんか?」

すこし険しくなる声が、みにくくて情けなくて、涙が止まらない。


「いけないなどと、言ってはいない」

相変わらず、泰明殿の声は優しかった。


前ならば、その優しさに気づくことは出来なかったかもしれない、
些細な雰囲気の違いで、泰明殿の気持ちが読み取れる、

そんなことが、きっと私は嬉しかった。

少しずつ、穏やかになってゆく泰明殿を見るのが、
ただ幸せだった。それだけだったのに、どうして。


「どうして・・」

呟いた自分の涙声。
どうして私は泣いているのか、どうしてこんなにも、苦しいのか。


泰明殿が癒されることを望んでいたはずなのに、
それが叶ったあとに残されたこの気持ちは、
この醜く険しくて、抑えがたい気持ち。これは・・

顔を上げれば、冷たい空気が涙でぬれた頬を冷やす。
泰明殿の顔を、久しぶりに、じっとながめた。

真っ直ぐ見つめかえす目が、ただ純粋で綺麗で、
こんな時でさえ、暖かい気持ちが生まれる、けれど、
その暖かさがたまらなく、痛い。


「わたくしは」

浮かび上がった答えを、泰明殿に、言う気はなかったけれど。
握った手を頼るように思わず握り締めた。

私をしばらく見つめてから、そっと泰明殿が、私を抱きしめる。


泰明殿の重みから抜け出すように、温もりを振り切るように、
腕を押し戻して、唇をかみしめた。
不安げな顔をした泰明殿を見つめる、私の涙を、
困ったように拭った彼は、ただ無垢で。


泰明殿に触れられるたび、暖かみを増すこの気持ちが、
何なのか、など、考えたこともなかった。


今になって気づくのなら、いっそ永遠に、気づかなければよかった。
気づくのならば、もっと早く、こんなにもあなたの事を、

あなたをこんなに好きになる前に気づけばよかった。


そうすれば、こんなにも離れるのが、辛くはなかったかもしれないのに。


私の頬をなぞる手に、自分の手を重ね、顔を近づけたら、
すぐ傍の泰明殿の目が、なにかいいたげに動く。

初めて、自分から泰明殿に、唇をかさねた。

胸の痺れを、柔らかい感触を、記憶に大切に刻みこむように。


様子を伺うように、ただじっと、私の行為を受け止める泰明殿の肩に、
手をかけて、ぎこちなく寄りかかると、泰明殿を後ろに、押し寝かせた。

泰明殿の両端に手をついたら、驚きに大きく目を見開く彼の顔に、ぽたぽたと、
私の涙が落ちる。


「永せ・・」
「も、もう、抱かれるのは、いやです」

せめて、最後だけは、身代わりになどなりたくはない。


しつこく、涙が止まらない。情けなく揺れた涙声。
泰明殿の頬が、私の涙で光っていた。

自分の弱さを隠すように、何か言おうとした泰明殿に唇を重ねて、
こちらからその行為を深める。体に染み付いた、泰明殿の感触を真似る様に。


自分の舌が思ったより滑らかに動いた。





定期的に無茶なものを書きたくなります。
以前の「敦望で敦盛をドSに」に続く無茶振り、永泉に攻めやらせてみる。
我ながら無理があったと思います、泰明は受けもできる子だと思いますが、
永泉の攻めが無理、だって永泉さんなのに。やっぱ泰永だわ。
でも、続く・・・・といいな。書けるといいな(まだ書いてないです)

 
 


戻る / 続く??